相互依存性

 ……もし、「空」というのが、たんなるものの見方や心の持ち方だったら、仏教の教義の中心に据えるような哲学となり得るだろうか。

ものの見方は、八正道(=仏教徒が心がけなければいけない八つの道。仏教の中心的な実践の教義)のなかのほんの一項目であり、それも「無常観」や「相互依存」だけでなく、あらゆる森羅万象を正しく見る「正見」という言葉で代表されている。

心の持ち方も、「正念」、「正業」、「持戒」、「忍辱」などの項目別に、それぞれ詳しく語られている。「なにものにもとらわれない」ことが仏教の中心哲学であるとは、少なくとも八正道からは読み取れない。
いずれにしても、「空」などという、もったいぶった、いかめしい名前をわざわざ付けているのだから、単純な「ものの見方」や「心の持ち方」を超えた、もっと深遠な意味があると考えたほうが自然だ……

 その答が、じつは「ホログラフィー宇宙モデル」にあったのだ!

 「空」は、ものの見方でも心の持ち方でもなく、厳然とした物理的な存在であり、しかもその存在が宇宙の神秘の鍵を握っている、というのだ。

 「ホログラフィー宇宙モデル」では、「この世」のすべての物質、生物も無生物も、それから人間の精神も、そして時間も空間も、全部が一体として「空としてのあの世」にたたみ込まれており、分離できないという。

 つまりそれは、「私もあなたも」、「東京もニューヨークも」、「過去も未来も」、全部ぐしゃぐしゃに一緒になった世界だというのだ。

 「この世」のすべてがたたみ込まれた「あの世」が「空」−つまりなにも存在しない−というのは、一見すると矛盾するように聞こえる。しかし、これはけっして矛盾していない。

 太陽光を例にとるとわかりやすい。太陽光は白色光と呼ばれ、色がない。ところが虹に見られるように、そのなかからあらゆる色が分離できる。

 絵の具だと、あらゆる色を混ぜると黒になる。その黒から、たとえば緑を抜き出そうとしてもできない。
 光の場合には、あらゆる色を混ぜると白になる。その白から、どんな色でも取り出せる。
 それと同じように、「この世」のありとあらゆるものがたたみ込まれた「あの世」は、なにもなくなる−「空」なのだ。

 −時間さえもなくなる−不生不滅、不増不滅(『般若心経』)なのだ−

 これにより、現象としては確認されているものの、科学的には説明できていなかった、テレパシー、透視、予知、サイコキネシス(念力)などを解明するための、理論的な基盤が得られ私もあなたも一体としてたたみ込まれた「あの世」に、もしアクセスできれば、テレパシーという現象もあり得る。
「あの世」に未来もたたみ込まれているなら、予知も説明できる。「あの世」にたたみ込まれた精神が、物質に影響を与えるのが念力かもしれない。

 そう思って、仏教の経典を読むと、あらゆる箇所に「ホログラフィー宇宙モデル」にぴったりの表現があるのが、発見できた。  天外氏参