石油高騰の謎

 エングダールの分析が正しいとしたら、現在1バレル120ドルを超えているWTIの価格は、投機を排除すれば、50ドル程度まで下がりうることになる。
 ロンドンのICEでの原油先物取引は、当局の監視外で行われる相対取引が膨大な額になり、現物市場に悪影響を与えている点で、昨夏以来の金融危機の原因となったサブプライム住宅ローン債券の市場と似ている。

サブプライムの債券は、現実の住宅ローン債権を、銀行の簿外という当局の監視外の領域で、相対取引で売買し、取引が昨夏まで急拡大していた。いずれの問題も、当局が市場規模すら把握できない金融派生商品の「私設市場」での取引が肥大化した末に起きている。

 米大手投資銀行のゴールドマンサックスは最近、原油価格は今後2年以内に1バレル200ドルまで上がるかもしれないとの予測を発表した。

同銀行は3年前、原油が100ドルになる現状を正確に予測していたことで知られ、今回の200ドル説も重視されている。しかし、原油価格がWTI先物の投機によってつり上げられ、ゴールドマンが投機筋の親玉の一人であると考えるなら、自作自演の高騰なのだから、予測が当たるのは当然だ。

 ゴールドマンは、モルガンやロックフェラーと並ぶ「ニューヨークの大資本家」だ。彼ら大資本家は、1895年に米連邦政府財政破綻しかけた際、JPモルガンを中心に、連邦政府を救済してやって以来、米政府を操る糸を握り続けている。

1913年には連邦準備制度(連銀)が作られたが、連銀設立のシナリオを描いたのもニューヨークの大資本家である。米政府の外交政策を事実上決めてきた「外交問題評議会」(CFR)も同様だ。

 大資本家と、その代理人であるブッシュ政権が、石油を意図的に高騰させ、反米的な産油国の力を増大させて、世界の覇権体制を多極化しようとしている、と考えられる。

 欧米系の国々や日本、韓国など、アメリカ中心の覇権体制にぶら下がっている先進諸国は、法外に高いWTI価格で石油を買わざるを得ないが、その他の非米・反米の傾向がある国々では、政治的に設定されたもっと安い価格で石油を買える。

特に米軍イラク侵攻後は、ロシアのプーチン政権やイランのアハマディネジャド政権、ベネズエラチャベス政権などが共同し、政治的な石油安値販売の戦略を強化し、サウジや中国も巻き込んで、世界的な非米同盟を構築し、アメリカの覇権体制を壊すことを狙っている。

 つまり世界の石油業界は、世界の多極化に賛成する国は1バレル20ドル程度の「非米価格」で、米英中心主義にぶら下がり続ける国は1バレル100ドルのWTI価格で石油を売る二重価格制になっている。

おそらくWTIがいくら上がっても、非米価格には関係ない。原油の採掘原価は、多くの場合1バレル10ドル以下なので、20ドルで売れば利益は十分だ。

 石油の石油取引のうち、どのくらいの量が非米価格で、どのくらいがWTIで売られているかはわからない。非米価格での石油取引は国家間の相対取引で、統計に全く出てこない。
だが、すでに述べたように、世界の石油生産の大半を非米・反米諸国の国有石油会社が持っているのだから、少なくとも世界の石油取引の半分ぐらいは非米価格で売られている可能性がある。
以前ベネズエラチャベス大統領は「WTI価格で売買されている石油量は、世界の取引全量からみればごくわずかだ」と発言していた。

 つまり金を基準に考えた場合、石油価格の急騰(石油危機)は「ドル下落」のことである。ドルの価値が大増刷によって下がったから、石油と金が高騰した。

1970年代の石油危機の際には、1960年代からのドルの大増刷と経常・財政赤字増の結果としての、1971年のニクソンショック(金ドル交換停止)が起こり、その後の73年の第1次石油危機は、産油国による石油価格の「正常化」(ドルの価値下落を補正するドル建て価格の値上げ)だった。

同様に、2001年からの石油高騰も、ブッシュ政権によるドルの大増刷と経常・財政赤字増を受けたドルの価値下落を受けた価格是正として起きている。