絶対無

古事記』に「无間勝間之小船」が登場する話を超簡単にストーリーを書いておく。
話は、海幸(うみさち)と山幸(やまさち)の話。

兄の海彦は漁師で大小の魚を捕っていた。弟の山彦は猟師をしていた。
神話であるから各々が神なのである。

ある時、弟の山彦が兄の海彦に「お互いの道具を交換してみないか」と提案した。
海彦は、弟の山彦の提案を三度断った。
とうとう交換することになった。

兄から釣り針を借りた山彦は、漁に出かけたのだが、魚は一尾も捕れないばかりか、兄から借りた釣り針を海に落とし、なくしてしまった。

大変なことをしたと嘆いていると、塩椎神(しおつちのかみ。潮流の神)がやって来た。山彦が事情を話すと小船を作り山彦を乗せた。

この船の名を『古事記』に「无間勝間之小船(まなしかつまのおぶね)」という。
日本書紀』では「無目堅間(めなしかつま)」と書かれてあります。

この船に乗ると絶対無(ぜったいむ、時間空間の交差する無の点—物理的な点では無いが)の状態に遷移出来るということ。この船に乗れば、三次元的な制約から肉体と心が解き放たれる。

そして絶対の世界、実相の世界、高次元の世界とコンタクトできるようだ。

 神であっても三次元近くに生きると肉体感覚や自我、欲望の影響を受ける。この小船はそれらを高次に変換してくれる作用があるのだ。

その船に乗り、時空を越えた竜宮の世界に行き、無事釣り針を持ち帰ることができた。話しはまだまだ続くのだが、別の機会に述べることにする。

お気づきの人もいるだろうが、この話は、浦島太郎の話の原形なのである。

以上のようなことがひらめいた。

そういうひらめきで作図したのが「絶対無カード」なのである。

この形状は、三角形のフラクタル構造でしかも大和比を用いで無数の絶対ポイントをつくってある。

この構造物が宇宙エネルギーと出会う時、無限大のエネルギーが発生し、三次元の肉体が絶対の世界に遷移する働きをするのである。

三次元にありながら高次に遷移するのであるから、エゴも欲望も無くなる。

例えば、あなたが病気だとしたら、病気はエゴや欲望などにより発生する。その原因が無くなるのだから当然、因・縁・果も存在しなくなる。つまり病気の症状が完全に消滅する。もちろん虚もである。

いま宇宙・・・特に地球は、アセンション(次元上昇)の時代を迎えている。

それに伴い我々個人もさまざまなショック状態を体感する人も多いと思う。

そんな人を乗せるのがこの「絶対無カード」なのである。

「絶対無」は、宇宙の根元から使わされた根元に向かうための船。
皆さんのスムーズなアセンションのお役に立てれば幸いである。

フラクタルとは

完全な自己相似の形。簡単にいうと拡大しても縮小しても同じ形になるということ。
原子構造→人間→地球→太陽系→銀河系→宇宙、つまり偉大なる創造主も同じ構造であるのかもしれない。

※絶対

波動や粒子でなく、エネルギーを持たない、「意識や意志」だけの存在。船井幸雄先生のおっしゃる「生命素」のこと。宗教ではこれを「実相」と言っている。本書に出てくる「絶対化」とは、この状態に移行することをいう。すなわち、絶対のポイントそのものは、波動もエネルギーもない。

しかし、そのポイントを外れたところでは、無限大のエネルギーを発生する。それは、そのものを無限大にするよりもあらゆる点で強力な方法である。

絶対に頼むとは、その根元の意志に頼むということである。フーチで探査するとこのポイントでは、振れない。なぜなら波動が出ていないからである。

※大和比(やまとひ)

1:1.414(√2)。法隆寺金堂や五重塔などの建築にも使われている日本古来のもの。

蜂の巣の構造や大脳や小腸の構造にも存在する比率。

能面では、年寄りを表す面(及び男性)ほど大和比で作られている。若者を表す面(特に女性)は黄金比で作られている。